めも クリスタルボウルコンサート 6月

今日のテーマ「ゆるし」とTOMOさん。

 

始まってすぐ、

 

山の中にいる。

落葉樹の。

腐葉土を手で掻き分けると

女の人が眠っている。

長い髪できれいな着物を着ていたような。

陰陽師のあの人みたい、と思う。

 

気づくと女の人は色が乳白色になっていてヘリが茶褐色。

「カブトムシのサナギだ」と思う。

 

少し離れたところに男の子がいて「お母さん」と私を呼ぶ。

 

今度は空にいる。

宇宙なのだが星のない宇宙。

奥行きはあることがわかる。

しばらく浮いている。

飛ぼうとするが暗くて目印もなくて、風もないから飛んでいるかどうかわからない。

 

再び腐葉土。

だいぶ体をあらわにしたらしい。

女の人が目を開けて

「何をしている」というふうにギロッと見る。

まだはやかった、と腐葉土をたくさんかける。

(たぶん浅くなっていたから土をかけてほしくて呼ばれたのかもしれない)

最後は大地に立っている。

ピラミッドと夕日が見える。

 

終わってTOMOさんが

「ゆるし」のココロは「リセット」と「ダウンロード」だそうです、

(これからの時代に必要なものをダウンロード)

といっていた。

も一人の参加者のKさんが

「刺激が強かった」といっていたけれど(悪い意味じゃなく)

脳波はあまり下がらず緩むより明晰になるような音だった。

(毎回違います)

途中で左足にぽうっと気が巡るのがわかった。

左側が少し冷たい。

軽い頭痛があったけど治った。

前日から風邪気味、

おなかの風邪で腹痛があったが一度も感じなくってそのまま治ってしまった。

 

リセット、ダウンロードはすごくわかる。

星のない空を見ていたときダウンロードしてたと思う。

カブトムシの女の人は夏に孵る。

今年じゃなければ来年かもしれない。

(複数の流れがあり、浅いものは今年の夏、深いものはもっとあとだと思う)

 

 

 

 


凪 あるいは死神

自営なのでお客さんが途切れると反応する。

反応のひとつとしてメニュー作りが加速するというのがある。

ぼんやり思っていたことを形にしたくなるのだ。

もっと前は料金を下げたりしていたな。なつかしい。

 

今は反応ではなくて考える。

 

考える前に感じるのは

私はこれをやらなかったらあとがないということだ。

カウンセリングと占星術やタロットを使っての占い以外

自分に稼ぐ手立てがない。

 

これはけっこう心細い気持ちになることだ。

時によって絶望感もある。

満を持して取り組んだつもりが

自分の人生こんなものだったのか、という。

 

小さな工夫大きな工夫をやってみても結果が出なかったとき

人はそこから本気になるんじゃないかと思う

 

自己中だったり変な理想主義から抜ける

 

その時心がただ静かになり

すべての現実の仮面を脱ぎ捨てて

ただ何かに取り組む

あるいは手を膝に置く

 

そんなふうになるんじゃないかな

 

そんな凪ってとても必要


アルケス探索

松村先生が恒星探索でアルケスをやるといいと言っていた時期がありました。

コップ座ね。

To carry precious thing。

貴重なものを運びます。

この時は金運フォーカスの話でした。

 

少し遅れてでしたが自分もやりました。

 

夏の夜。

野外パーティみたい。

芝生があり木々の間に電球が光っている。

でかい円盤(皿、ソーサー)に乗った男女が

自由に空間を行きかい、グラスを合わせて談笑してまた次に。

むろん人外の姿の人もいたのです。

 

それを見てから、

自分の「貴重なもの」は「人」なんだと思いました。

折に触れそこに戻るようにしています。

 

人がカップで、

その人たちがまた自分の中に貴重なものを入れているわけで。

 

そんなのが私の見たアルケスの一場面でした。

 

 

 


運命の輪みたい

お店番待機について。

何の保証もなしにお店開けてくれる人たちのありがたさ。

 

私自身、何かしたいというのがずっとあったのですが

FBのグループページに投稿宣伝する

という自分ルールを決めてから

大変気持ちが楽になりました。

 

平日は対面待機

休日は講座やWS

お店が回っている感じがあります。

これが私がずっと待っていた状態でした。

 

そしてここにきてヒーリング系のセッションが増えてきました。

牡牛座天王星入りとシンクロしています。

長時間のセッションが多いので

宣伝の形も新しいものを入れていかないとなあ、と思います。

 

こうやって回り続けていく灯台屋 運命の輪。

 

 

 

 

 

 

 


腎臓は金星としか思えなくて

内臓探索の講座で見た金星のヴィジョンが忘れられない。

 

盛装した若い男女が並んで神社の廊下を歩いてくるのだ。

途中で海が見える

なぜだか日本海だと知っていた。

明るい海だ。

男女はとても若く

今の時代なら16,7といったところなのかもしれない。

昔だからもっと若いのかも。

女性は巫女さんなのかと思う。

奈良時代のようなそうでないような

美しい装い。

赤い漆の杯がアップになる。

寿の文字が金で書かれ、

なみなみと酒が注がれていた。

婚約式かと思う。

そんなのがあったのなら。

 

本当に美しいヴィジョンだった。

 

1年くらいして͡籠神社をTVで見て

ああここだここだと思った。

 

腎臓は金星対応。

杯は腎臓の象徴らしい。

 

酒と光をたたえた杯と

明るく静かな海。

そう、終始明るく静かだった。

 

 

松村先生は長いはっきりした長いヴィジョンは本物ではないっていってたと思うけど

私にとって意味のあるものだったと思う。

籠神社はいつか行ってみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 


人のオーラはまだ見づらい

飛行機のオーラはまんまるで見やすい。

木のオーラも見やすい。

人のオーラは見づらいっていったら

おっちゃんにそれは少し違う問題があるという意味のことを言われた。

それから人のオーラも見るようにしている。

だんだん見えるようになってきた。

色はわからない。

だいたい周辺15〜20センチくらいに空気の層がある。

丸くきれいにシンメトリーではない。

どっちかの肩とか頭とか背中とか前とか後とか

もやんとしてることがよくある。

縦に吹き出しているときもある。

 

昔整体の会に呼ばれて中華街に集まったとき

整体の先生がお二人来いらしてた。

お一人は頭の上の空気が湯気のようになっていて驚いた。

もうお一人は、湯気の人の先生とのことだったが

何も見えなかった。

そしたらその方は数年して亡くなられた。

そのころからご病気だったとのことだった。

 

みけさんの白のオーラ黒のオーラの講座に行ったとき

昔松村先生がお地蔵さんを連れていたという話になって、

それがうちに来て、ってみけさんが言ってた。

 

そういうのも見られるようになりたいなあ。

 

 

 


だれよりもきみをあいす

最近は「ゴッドファーザー」をずっと観ている。

ときどきそんなことになる。

私の中のおとむらいなのだ。

 

マイケルはコルレオーネ家の希望の星だった。

カタギの仕事に就くはずだった。

父親はじめみんながそう考えていた。

アメリカのために軍隊だって行ったんだ。

議員だって大統領だってなれたかもしれなかった。

 

なのに一家のドンにならざるをえず

たくさんの悪事に手を染めて

兄まで殺す

兄に裏切られたと知ったときの

マイケルの目の暗さよ

くちづけの強さよ

 

それでも日の当たるほうに出たくて

たくさんたくさんお金を使って

 

最後はマイケルのようになりたい甥に自分の立場を譲り

娘を亡くし

回想と多分悔恨の中で死んでいく

 

いやその死に方は私はとてもいいと思いますけれど

あこがれですけどね。

 

右手で愛し 憎み 殺し

しかし左手でたくさんのものを生んでいたはずだ

逆かもしれないが

 

人は自分にしかなれない

望みはいつまでも望みでしかなく

自分は自分になるしかなく全うするしかなく

 

でもその望みを持ち続けているあなたが好きだ

自分の今生の役目と望みの間で引き裂かれながら

そんな生をいきる 人間のどうしようもなさを

どうしようもなく愛す

わたしもどうしようもない にんげん だから

 

 

 

 

 


横浜カウンセリングセンターの思い出

ひところ、毎夏、横浜カウンセリングセンターの研修に通っていた。

大学の時のゼミの教授が

国大に移ったからと誘ってくれたのがきっかけだった。

 

桜木町で降りて

音楽通りを歩いて

パン屋にシベリア売ってるなとか思いながら

汗をかきかき

成田山別院の石段をのぼって

いせやま会館にたどりつく。

 

3日間の研修。横浜の人がほとんどで

教員もいたけど一般の人も多かった。

参加者に心理職やカウンセラーがどのくらいいたか。

あんまり記憶にないのが今となっては不思議だ。

 

初日の午前に全体会がある。

それから分科会に分かれる。

山県、古屋、粟飯原先生の誰かのグループに入るのだ。

私はなぜ粟飯原先生のグループを選んだのだったかな。

決め手は何だったのかな。

どのグループにも女性の助手みたいな人がいた。

あれは自然発生的にできたのかそうじゃないのか。

 

粟飯原先生は理科の先生でY校の教頭先生だという話だった。

大柄で太い声がしっかりしていた。

 

はじめてのとき、

分科会に分かれて、

何かが始まるのかと思ったが、

実際には40分みんな無言だった。

空調の音と蝉時雨を聞いていた。

 

一度誰かが「何かやりませんか」といった気がするのだけど

誰かの発言でまたそれがお流れになったんじゃなかったかな。

 

あとで粟飯原先生が

「あのグループならすぐ始められると思ったけど」

と言っていた。

それで私は、エンカウンターって、何かやることが決まっていて

それを扱うんじゃないんだ、ということと

グループによってすぐ何かしたりしなかったりするんだ、

と思って 驚いた。

 

ゲームや授業をすることがあった。

もう何をやったか細かくは忘れてしまったけど

算数の面積の学習になる陣取りゲームや

無言でパーツを渡しあって図形を完成させるゲームが楽しかった。

相手の欲しいものを察するのが下手だったな。

 

あ、えと、念のため書いておくと

教材はきっかけで

そのあとのシェアがだいじなのだった。

 

粟飯原先生は詩の授業が本当にうまかった。

黙ってプリントを渡してくれて

「読んで」というのだ。

参加者でぐるっと音読する。

それから粟飯原先生がいくつか質問する。

質問のたびに「おおっ」という感じで理解が深まる。

そしてまた最後に読むと、ほんとうに音読が変わるのである。

自分から出てくる声音が

「私はこの詩をこのように理解したのだな」とわからせてくれるのである。

 

それは面白い体験だった。

今の私なら粟飯原先生に手紙を書いて

「ああいうのを自分で身につけたいので教えてください」というのだろう。

 

自分が深いところから開かれていく感じがあった。

 

もちろん会話だけで時間を進めていくこともあった。

 

今振り返ってみると

粟飯原先生は構成的なエンカウンターがほんとに上手だったんじゃないかな。

 

 

粟飯原先生は今の私くらいの年齢だったと思う。

私はそのときいくつだったろう。

35歳前後だったかな、今手がかりを思い出した。

一生懸命同僚を誘ったんだった。

 

何年通ったかな。案外短くて、3年くらいだったかも。

 

終わりのほうで粟飯原先生はよく私を怒らせようとしていたかな。

意識してかな、どうかな。

そのメッセージはそのときは受け取れなかったけど、

先生 今ならわかります。

 

ああした場が作りたいし、

ああいう交流がしたいなとずっと思っていて

少しできてきたような全然まだまだなような。

 

 

 

 


NLPの好きなとこ

「肯定的意図」という考え方がすき。

「どんな否定的な行動の裏にもその人にとっての肯定的意図がある」

というやつです。

 

夜更かし、先延ばし、過食、喫煙、ずる休み、嘘などなど。

いろいろな行動に見て取ることができる。

 

たとえば私だったら

毎晩の飲酒は自分をマネージする有能感、信頼感であり、

人と飲むことは共感、一体感を得ることだった。

 

あ、別に飲酒は悪いことじゃないけれど

私は大酒のみでした。

 

(ちなみに今は毎晩飲んでいなくて

飲む飲まないをマネージする自由も手に入れたということになる)

 

私も昔からこういう考え方を持っていたけれど、

外に同じ考えが見つからないと現実のものにはならないから、

これを知ったときはうれしかったな。

 

これは何に役立つかというと

人を決めつけないでよくなる。

歩み寄りたくなる。

そして、他人をより肯定できるようになるのである。

もちろん自分のことも。

 

 

 


メモ レムリアンおっちゃんを読んでみた

昨日は叡智の道読書会でした。

ユーレイシア、アトランティスとレムリアが話に出て、

(おっちゃんはユーレイシアと書いてユーラシアと発音、なぜか)

おっちゃんはレムリアにはもう転生があった という話になりました。

 

よーし、レムリア時代のおっちゃんを読んでみよう!

というわけで読みました。

 

その1

朝日が昇る川岸の堤。

白い石のアーチ型の橋が川にかかっている。

それほど広い川ではないが、

橋は長そうに見える。

既存のどの国にも似ていないではなくどの国ともいえるような

橋以外は多摩川のほとりに似ているなとも思う。

 

おっちゃんは若い女性で今と同じ顔をしている。

黒くカールした長い髪。

(おっちゃんですよアピールしているように見える)

ギリシャ時代のような白い布をまとっている。

 

これほんとですか、と問うと次に見えたのが

 

若い少年のような男性。

カールした金髪。

二次元の人である。

(私はよくあるけど、漫画の顔で出てくる)

一角獣を連れている。

一角獣の背中に乗った。

一角獣を飛ばしている!

速い!

 

そのあとおっちゃんと少年が横に並んで

お互いを抱えあっている様子が見える。

(赤ちゃんがいますマークみたい)

 

その2

「その転生は今の生とどうつながっていますか」

 

また川堤。

陽が11ハウスの方向になっているので時間が経過したことがわかる。

おっちゃんは同じ場所に立って橋を見ている。

と、橋はレールと溝でできているようになっていて、

そこを一角獣に乗った少年が走っている。

速い。

走って、また戻って

(逆向きに戻るのではなく、走りきると自然と元の場所に移動)

を延々繰り返している。

しゅん!しゅん!

だんだんスピードを速めている。

 

思ったこと

 

少年と一角獣はアバターみたいなものか。

おっちゃんは意識を操って、

できるだけ速く動かそうとしている。

そうした試みあるいは訓練に延々取り組んでいる。

 

ほかの参加者との共通の部分は「速い」だと思いました。

当時はみんな今の形ではなく、空を飛んだりしていたそうです。

 

 


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